遊泳する言葉

言葉が追いつけないものがある。言葉に追いつけないものがある。だから言葉を追いかける……

自分の影をさがす 

机の上を片付けていたら、新聞の古い切り抜きに目がとまった。歌人の大辻隆弘氏の短歌月評の記事で、『「私の影」に出会う』というタイトルが付いている。あらためて読み返してみる。「短歌は自己表現の道具ではない。歌の調べに身を任せ、外界の変化のなかに影のように「私」を添わせてゆく。そのとき、そこに自分でも気づかなかった「私の影」が現出する……。短歌は、そんな新たな出会いを保証する詩形なのだ。」と。ぼくは短歌の...
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赤い実をたべた 

季節がすこしずれて、いま冬の中に秋の色があった。冬枯れの枝にのこる、サンシュユの赤い実の塊が、とくにそこだけに目を引き付けられた。冷たくあざやかに実っている。秋を越して冬をがんばっている。精いっぱい耐えている赤い色かもしれない。その赤い実を見つけたとき、ぼくは突然ゆうべ見た夢を思い出した。道に迷ったまま目覚めた昨夜の夢を、ぼくはまだ引きずっていた。夢の中だけで出会う風景と道がある。見覚えはあるのに...
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花の声をきく 

枯木のような枝のどこに、そんな鮮やかな色を貯えていたのか。ことしも蝋梅の黄色い花と、早咲きの梅の白い花が咲いた。まだまだ寒さも厳しいが、待ちきれずに春の色を吐き出したようにみえる。溢れでるものは、樹木でも人の心でも歓びにちがいない。香りは、花の言葉かもしれない。蝋梅の声は甲高くて明るい。意外と近くから聞こえる。梅の声は控えめでおとなしい。顔をそばまで近づけないと聞き取れない。遠くから記憶を引き寄せ...
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天然のスイーツ 

山裾の一角の、岩肌が露わになったなんでもない場所が、とつぜん夢の中で浮かび上がってくることがある。ふだんは思い出すこともないが、子どもの頃のある時期には、とてもだいじな場所だったようなところ。そんな場所だ。そこはいつも、山の清水が滴り落ちている。寒い冬の朝、雫が凍って氷柱(つらら)になっている。手を伸ばして氷柱を折る。細く尖った先の方から口に入れてがりりと噛み砕く。氷が溶けて、草のような土のような...
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春よ来い、早く来い 

遠くから、聞き覚えのある音楽が流れてくる。妙に懐かしい調べだ。春よ来い、早く来い……♪おもわず口ずさんでしまった。だが、歌の続きは出てこない。春はまだ遠くにあるようだ。ときどきやって来るのは、灯油販売のトラックだった。わが家には石油ストーブはないので、灯油は必要ない。大阪では、石油ストーブが無くても、小さな電気ストーブでもなんとか過ごせる。満足な暖はとれないがクリーンではある。雪国ではない。真冬の冷...
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男はつらいよ 

息子は荒川と江戸川に挟まれた辺りに住んでいる。ゼロメートル地帯といわれている所らしい。東京が沈没する時には、真っ先に逃げ出さなければならないだろう。その東京の息子のアパートに泊まったことがある。正月だった。車で柴又に連れていってもらった。江戸川に沿って北上すると矢切の渡しがある。寅さんが寝ころがっていた土手は、そのときは冬枯れてて青草はなかった。帝釈天も参道も初詣の人で賑わっていた。息子は寅さんシ...
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