ひとよ 昼はとほく澄みわたるので

2017/06/22 木曜日

ひとよ 昼はとほく澄みわたるので


この日ごろ、季節の風が吹くように、ふっと立原道造の詩のきれぎれが頭を掠めることがあった。背景には浅間山の優しい山の形が浮かんでいる。白い噴煙を浅く帽子のように被った、そんな山を見に行きたくなった。

   ささやかな地異は そのかたみに
   灰を降らした……

ぼくも灰の降る土地で育った。
幾夜も、阿蘇の地鳴りを耳の底に聞きながら眠った。朝、外に出てみると、道路も屋根も草木の葉っぱも、夢のあとのように、あらゆるものが灰色に沈んでいた。
だから、静かに灰の降る土地に親しみがあった。林の上に沈黙する活火山がある。そんな風景のなかで詩を書いた詩人に、特別な親近感をもった。

立原道造は昭和14年3月に、25歳の若さで死んだ。たくさんの美しい詩を残した。
道造が生涯を終えた年頃に、ぼくは新しい生活を始めようとしていた。ぼくは1編の詩も書いてはいなかった。ただ、道造の詩を愛読するひとりにすぎなかった。浅間山と、軽井沢追分の地名と、幾編かの詩の断片が、青春の熱のようにぼくの後頭部を熱くしていた。
新しい生活を始めるために、ぼくたちは汽車に乗った。

   うららかに青い空には陽がてり 火山は眠ってゐた
   ――そして私は

夜遅く着いた軽井沢のホテルの食堂に、ふたり分の夕食だけが残されてあった。そのテーブルに向かい合って座ったとき、ふたりの生活が始まったと思った。
宿泊客がほとんどいない五月のホテルで、2日間、ぼくたちは食事時間以外は忘れられた客になって過ごした。

   それは 花にへりどられた 高原の
   林のなかの草地であった 小鳥らの
   たのしい唄をくりかへす 美しい声が
   まどろんだ耳のそばに きこえてゐた

部屋の前には林と広い芝生の庭が広がっていた。それがゴルフ場であることも知らなかった。終日、芝生の上に寝転がって、聞いたこともない珍しい鳥の声に驚いていた。木々が密生した林の上に、青い空に消え入りそうな優しい形をした山があった。それが浅間山だとはじめて知った。

   吹きすぎる風の ほほゑみに 撫ぜて行く
   朝のしめったそよ風の……さうして
   一日が明けて行った 暮れて行った

続いてゆく日々の、毎日が明けて行った、暮れて行った。
子どもが生まれ、厳しくなった東京の生活を離れて大阪へ移った。慌しさに時を忘れ、詩を忘れた。10年間、生活のために不本意な仕事に耐えた。やがて、自分がいちばん大事と思い直し、やりたかった好きな仕事に転向した。家族も増え、家も車も買った。

さらに、毎日が明けて行った、暮れて行った。
子ども達が家を出ていく。コンピューターを使ってこなしてきた仕事を、こんどはコンピューターに奪われてしまった。ぼくは仕事をなくし、同時に家も車も失った。
ぼくに何が残ったのか。妻はぼくに、もう何も期待しないと言い、ぼくは解放された。ぼくも妻を解放し、ぼくたちは貧しさと自由を得た。だが、ぼくたちに何が残っているのかは分からない。ぼくは詩を思い出し、少しずつ詩を書き始めた。

   しづかな歌よ ゆるやかに
   おまへは どこから 来て
   どこへ 私を過ぎて
   消えて 行く?

ふたたび五月。
何十年ぶりかに軽井沢を訪ねた。青く湿った風に吹かれたいと思った。貧しかった若い頃に、ぼくの魂は帰りたがっているようにみえる。

   ひとよ 昼はとほく澄みわたるので
   私のかへって行く故里が どこかにとほくあるやうだ

そこには、変わるものと変わらないものがあった。
林の木々はやわらかい緑に染まり、鳥たちは、甲高く透き通った声でしきりに鳴いている。浅間山は、懐かしい記憶のかたちのままで蘇ってきた。

   ああ ふたたびはかへらないおまへが
   見おぼえがある! 僕らのまはりに
   とりかこんでゐる 自然のなかに

   ひとよ
   いろいろなものがやさしく見いるので
   唇を噛んで 私は憤ることが出来ないやうだ


        (文中の詩はすべて、立原道造の詩集から引用したものです)



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自分の心をみつめる

2017/06/16 金曜日

自分の心をみつめる


最近読んだ旅の冊子の中にあった、「仏とは自分の心そのもの」という言葉が頭の隅に残っている。旅に関する軽い読み物の中にあったから、ことさらに印象に残っているのかもしれない。
仏縁とか、成仏とか、仏といえば死との関わりで考えてしまうが、仏が自分の心そのものという考え方は、生きている今の自分自身をみつめることであり、仏や自分というものを死という概念から離れて、もっと明るい思考へと誘ってくれる気がする。

宗教としての仏教は、難しい教義や儀式があって、われわれの日常生活からは遊離してしまっている。葬式や法事など、儀式としての形だけで関わっているにすぎないともいえる。
しかし、われわれも時には、本来の仏教がもっているにちがいない、生きるための宗教としての部分にも触れてみたいと思う。
丹田に力を込め、静かに呼吸を整えながら瞑想をする。深い呼吸によって体のリズムを整えれば、一時なりとも雑念が取り払われて、ありのままの自分の心がみえてくるのではないか。
ありのままの心などどこにあるのかと問われれば、あまり自信はないけれど、とりあえずはストレッチでもやるような、軽い気持でやってみてもいい。

普段は敬遠しがちであるが、もともと禅の核心にある教えは、「とらわれない、こだわらない、かたよらない、ありのままの心の状態になる」といった、シンプルで解りやすいものらしい。もとは何でも簡素なものなのだ。
そのような無我無心の境地に到ろうとすることが、古代インドで行われていた一般的な修行法だった。
そこから得られるものが「仏心」といわれるもので、仏心とは「そもそも心が安全な場所なんかないのであり、その事実を素直に受け入れること」をいうらしい。じつに素っ気ないものだ。心の安心はないということを知って、心の安心を得ようとするのだ。

さらに、「静かに自分の心を見つめ磨きをかければ、無垢の輝いた仏心が現れる」という。
この言葉は観念的で理解しにくいが、この究極の状態を悟りをひらくというのだろう。だが、そこまで到ろうとするのは、われわれ凡人にはどだい無理な話だし、到ろうとすればするほど、そこで仏(仏心)はまた遠ざかってしまうだろう。

花や木や山の存在は目に見えるし、手が届くかどうかの距離の判断もできる。けれども、心の距離は見ることも捉えることもできない。たとえ自分自身の心であっても、宇宙のように果てなく遠いかもしれない。
しかし、ときには静かに深く呼吸することによって、すこしは自分の心の深奥に近づけるかもしれない。自分の心をみつめるということは、心身をリフレッシュするということでもあるようだ。



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夢の公園

2017/06/08 木曜日

夢の公園


母親は息子に、ときどき話をしていたのだろう。
象や縞馬や、ほかにも、いろいろな動物たちがいる公園のことを。人間が作った動物たちは、いつまでも動かずにじっとしているということを。
母親が子どもだった頃も、そして今でもきっと、そのままの公園が街のどこかにあるということを。
ある日、少年は突然、夢の公園に行きたいと言いだした。
え、どこに、そんな公園あるの? と母親。
ほら、いつも話している動物のいる公園やんか。
そこで父親の休日に、親子3人で夢の公園に行くことになったそうだ。

母親というのは、ぼくの娘のことである。
夢の公園の話は、妻が娘から聞いて、その又聞きでぼくの耳に入ってきたのだった。
娘がまだ子どもだった頃、ぼくたちが住んでいた街区の、山林を残した一角に小さな公園があった。滑り台などの遊具はなくて、コンクリートで動物を模造したものが、いくつかランダムに配置されていた。ぼくはもう、そんな公園のことなど忘れていたのだが、子どもたちは、そこを動物公園と呼んで遊び場にしていたのだった。

夢の公園と聞いて、ぼくも急に行ってみたくなった。
少年がまだ行ったことのない、話だけで聞いて想像していた公園は、たしかに夢のような公園だったかもしれない。どうじに、長いあいだ忘れていたぼくの記憶の中の公園も、まだら模様の夢に似ていて、すき間の部分に懐かしさが詰まっているような気がしてきた。
すべての設定が昔に戻る夢を見ることがあるが、ふと、そんな感慨に誘われたのだった。日常でもまだ夢が沢山あった頃の、そんな夢の跡を見にゆきたくなったのだつた。

記憶の中にあるものよりも、現実の公園はだいぶ小さくなっていた。まわりの樹木が大きくなったせいかもしれない。
動かない、石のような動物たちはいた。
どれもはっきりとした記憶はないけれど、子熊だけが1匹でぽつんといる光景は見覚えがある。象も縞馬もカンガルーもつがいなのに、子熊だけがひとりぼっちだったからか、あるいは子どもたちのお気に入りの子熊だったのか、なんらかの印象に残る親しさがあったのだろう。
近づいてよく見ると、どの動物も薄汚れて傷だらけだ。それだけの長い歳月のしるしを背負っているようにもみえる。

子どもたちが野球をしていたので、ぼくはできるだけ離れたところのベンチに座り、怪しいおじさんだと警戒されないように、ひとりでのんびりと菓子パンをかじったりしていた。
ふと気づくと、近くの象の背中の上に女の子の顔があって、じっとぼくの方を見つめている。やはり怪しまれているのかといっしゅん戸惑ったが、女の子はぼくと視線が合うのを待っていたように、こんにちはと言って笑顔になった。
ぼくは虚をつかれて、それでもこわばった笑顔になりながら、こんにちはと応えると、
「おじさん、このへんにヘビいてますか?」と聞いてきた。
「ヘビ? たぶん、ヘビはまだ冬眠中やから、いないと思うよ」
そう、ありがとう、と言って女の子はみんながいる方へ走っていった。
向こうでは、女の子がみんなに何かしゃべっている風で、そのあと、いっせいに子どもたちの視線がぼくの方を向いた。
きっと、女の子がヘビのことを報告したのだろう。
打ったボールが、しばしば深い草むらに飛び込むので、子どもたちはヘビのことが気になっていたのかもしれない。

そのあとも、子どもたちの球技は続いた。
ボールを打ち返す音や甲高い声が、石の動物たちの背中を飛び越えてくる。
いつのまにか子どもたちの仲間になったように、その場所になじんでしまったぼくは、夢の中に入ったり出たりしている気分だった。過ぎた歳月と歳月のすき間には、いくつも夢のようなものが挟まっていたのだ。そのひとつひとつを掘り出してみる。
地中では、冬眠中のヘビが長い夢から引き戻されて、ぼちぼち目覚めの準備をしていたかもしれなかった。



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ガラス玉遊戯

2017/06/02 金曜日

ガラス玉遊戯


久しぶりに、いよちゃんに会ったら、前歯が1本なくなっていた。笑ったとき、いたずらっぽくみえる。
乳歯が抜けかかっていたのを、えいやっと自分で抜いてしまったらしい。それを見て母親はびっくりしたと話していた。その母親は、初めて乳歯が抜けたとき大声で泣いたものだった。
親子でもたいそう違うものだ。

わが家に来ると、いよちゃんはどこからか、おはじきを取り出してくる。彼女の母親が、子どもの頃に遊んでいたものだ。
ぼくは昔の男の子だから、おはじきは得意ではない。それで、ちょうど組みし易い相手として、ぼくが選ばれることになる。
彼女は負けず嫌いだから、ズルばかりする。ルールは無視するし、形勢が悪くなると、一気にかき集めて自分のものにしてしまう。
そんな、おはじき遊びだった。

きょうは様子がすこし違っていた。
おはじきとおはじきの間に指を通す。そのとき微かにでも指が触れると、彼女はあっさりと手を引っ込める。ちゃんとルールを守っているのだ。
ぼくも真剣になった。
ガラスの小さな玉をはじくとき、自分の指がすごく無骨にみえた。おはじきの玉はやはり、女の子の細い指の方が合っている。

ガラス玉を球形にしたのがビー玉で、押しつぶして扁平にしたのがおはじきだ。
ふたつのものは、男の子と女の子の遊びを分けていた。ビー玉は戸外の遊びで、おはじきは室内の遊びだった。男の子と女の子の間で、ガラス玉遊戯の越境はなかった。
ただ、ガラス玉はどちらもさまざまな色模様が入っていて、宙空にかざすと、その中に不思議な世界がみえるようだった。初めて宇宙を覗く、そんなわくわくする体験だったかもしれない。

おはじき遊びは、おはじきとおはじきの間隔がだいじだ。
うまく当てたり外したりして一喜一憂する。いよちゃんの口元からのぞく前歯の隙間が、おはじきとおはじきの隙間とだぶって見えたりして、おかしかった。
わがままな女の子が、まともな遊びができるようになったのは、乳歯が1本抜けて、その分だけ幼さがぬけたからかもしれない。



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