遊泳する言葉

言葉が追いつけないものがある。言葉に追いつけないものがある。だから言葉を追いかける……

瀬戸の夕なぎ

夏の夕方、大阪では風がぴたりと止まって蒸し暑くなる。昼間の熱気が淀んで息ぐるしく感じる時間帯がある。瀬戸の夕凪やね、とぼくが言うと、みんなは笑う。大阪人は海の近くで生活しているが、ほとんどの人は海に無関心で暮らしている。海岸線が全部埋め立てられて、海が遠くなったこともあるかもしれない。瀬戸の夕凪という言葉を、ぼくは別府で療養していた学生の頃に知った。療養所は山手の中腹にあり、眼下に別府の市街と別府...

遠くの花火、近くの花火

幼稚園のお泊り保育の勢いで、その翌日は、孫のいよちゃんがひとりでわが家にお泊りすることになった。すっかり自信のついた顔つきになっている。夕方、いよちゃんのお気に入りの近所の駄菓子屋へ連れていったが、あいにく店は閉まっていた。バス通りのコンビニまで歩けるかと聞くと大丈夫と答えたので、手をつないで坂道をのぼってコンビニまで行く。以前は買物かごの中に、次々とお菓子を入れていくので戸惑ったものだが、いつの...

夏の手紙

きょうも早朝からセミが鳴いている。 セミは、ある気温以上になると鳴き始めるという。セミが鳴いているということは、気温がぐんぐん上昇していることでもある。夏の太陽も顔を出して、きょうの近畿地方は35度をこえる予報が出ている。 セミのことを手紙に書いた。 セミのことばかりを書いた。好きだということを書けなかったので、その想いの量だけ、とにかくセミのことをいっぱい書いた。 ぼくは若かった。 はじめにマツゼミ...

花のなまえ

連日あつい真夏日が続いているが、百日紅の花も負けずに燃えるように咲いている。あちこちで白い花や黄色い花、小さな花や大きな花など、名前もわからないが、それぞれの花が、それぞれの花の時季を迎えて咲いているようだ。こんなただ暑いばかりの夏も、花の季節なのだろうか。炎天下で咲き誇っている、真夏の花の強さを感じる。キハナ(季華)という名の女の子の孫がいる。いつのまにか、女の子とも言えないほど成長してしまった...

いつか、朝顔市のころ

アサガオは朝ごとに新しい花をひらく。毎日が新しいということを、なにげなく花に教えられる。アサガオが中国大陸から渡来した時の名前は、「牽牛(けんご)」あるいは「牽牛花」だったという。中国ではアサガオの種は高価な薬で、対価として牛1頭を牽いてお礼をするほどだった。牽牛(けんご)という言葉の語源は、そんなところからきているらしい。牛からアサガオなどと、とても連想しにくい名前だったのが、アサガオが好まれた...

雲の日記

小学生の頃の夏休みに、雲の日記というものに挑戦したことがある。絵日記を書く課題があったのだが、その頃は絵も文章も苦手だったので、雲を描写するのがいちばん簡単だと考えたのだった。たしかに雲の写生は簡単だった。白と灰色のクレヨンがあればよかった。日本晴れの日は雲がない。何も描かなくていい、やったあ、だった。それでも1週間も続かなかった。やはり簡単で単純なものは面白くないのだった。午後は、日が暮れるまで...