遊泳する言葉

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夢の淵をあるく

  雲ながい腕をまっすぐに伸ばして陽ざしをさえぎりさらにずんずん伸ばして父は雲のはしっこをつまんでみせたお父さんいちどきりでしたあなたの背中でパンの匂いがする軟らかい雲にその時ぼくもたしかに触れたのです*  崖崖の下から海がひろがる寄せてくる波が岩に砕けている風に押し出されそうになって踏んばる足に力がはいるまだ奈落に逆らう力があるそれが生きる力であるかのように勘違いする余裕もあった崖は陸地と海を切...

始まりを告げるものは

   つばさ小さな穴を掘って小さな埋葬をした小さなかなしみに小さな花を供えた小鳥には翼があるから虫のようには眠れないだろう空を忘れてしまうまで土のなかで長い長い夢をみるだろうひとには翼がないから夢の中でしか空を飛べないつらい目覚めのあとでゆっくり手足をとりもどしてひとはひとになるあかるい朝もくらい朝もあらたな始まりを告げるのは小さな空の羽ばたきだ*  トンボの空水よりもにがく風よりも酸っぱい翅のさ...

わたしのゲネシス(Genesis)

I.初めに言葉はなく終りにも言葉はなく始まりもなく終りもない夢のあとに唐突に光のカーテンがひらきました恍惚と不安とそこにはあなたが立っていたのですII.あなたの掌とわたしの掌をあわせましたひんやりと熱いものわたしのものではないもうひとつのそれはあなたのものわたしの欠片ですらないあなたの奥にかくされていたものやっと見つけたもうひとつのものでしたIII.あなたは風のようでしたあなたが風ならばわたしも風になり...

きみの空も灰色のクレヨン

  山口くんの木山口くんが木になったあれは小学生の頃だった木にも命があると彼は言った山口くんの木はどんどん空に伸びて校庭のイチョウの木よりも高くなったあれから彼に会っていない晴れた日も雨の日もイチョウの葉っぱはいつも山口くんの手の平の日なたのようだ*  サインはふたつだけ前田くんはピッチャーでぼくはキャッチャーサインはストレートとカーブしかなかったけれどあの小学校も中学校もいまはもうない前田くんは...

河童の話もあったけれど

  河童久しぶりに親父に会った釣ったばかりの岩魚をぶらさげて山道を下りてくるいつかの夢の河童に似ていた秋になると川から山へ帰ってゆく河童を村人はセコと呼んだそうだ親父とはあまり話をしたことがない河童のことも俺にはよくわからないのだった親父は俺よりも2センチ背が高い肩幅も広いし脚も長い草の匂いと水の匂いがしたきっと人間の臭いも親父のほうが濃いおふくろは河童を嫌っていた親父は河童に毛まで抜かれてしまっ...

白い線路はどこまでも

  砂の時間砂が落ちるのをじっと見つめている3分さらに3分わたしの水はようやく沸騰する風景の窓に砂がふっているかつてそこには駅があったはずだが春は鉄の匂いがする秋はコスモスが揺れている出発のときを待っているその測れない道のりを3分さらに3分砂の秒針を凝視する光の中で膨らんでいくおぼろげな輪郭をその沈黙と予感のことばを砂は告げようとしている*  博物館のクジラそれはクジラではない小さなナマズだ写生を...

みんな何処へ行ってしまったのか

  あしたの天気いつも見ている山が近くなったそんな日は雨が降ると祖父の天気予報湿った大気がレンズみたいになるらしい山が近いという大人の言葉が分からなかった山はいつも変わらなかったから秋の夕やけ鎌をとげまたもや祖父の声がするあしたは稲刈り顔を真っ赤にして鎌を研いでいた家を出た父は商人になった体も声もでかいが田植えも稲刈りもしたことがない雨ふる山も夕やけも祖父も父ももう居ない稲刈りする百姓も居なくなっ...