遊泳する言葉

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フランスへ行きたしと思へども

五月の朝のしののめ、うら若草の燃えいづる心まかせに……そんな詩の書き出しを思い出すような、明るくてまばゆい朝。晴れわたった青空の光を吸収するように、高い木のてっぺんで白い花が咲いている。ニセアカシアの花だ。花は天空からふんだんに香りを降りそそぎ、5月の風を甘くしている。その花の名前をはじめて知った頃に、このブログに次のような文章を書いたことがある。「須賀敦子の本を読んでいたら、イタリアの風景の中にニ...

ああ どこかから

ああ、どこかから……って、そのどこかからが、どこかにあればいいなあ、と思ってみたくなる。そのどこかから、なにかいいものが届かないかなあ、と待ってみたくなる。そんな詩がある。ああ どこかからこないかなあなの花びらのような 手がみとマメのような こづつみが――ゆうびいんってスズメたちにデンデンムシたちにこんな詩を書いた104歳の詩人、まど・みちお氏が老衰で亡くなった。こんな詩を読むと、スズメたちやデンデン...

坂のなまえ

小春日和の一日、落葉のように、ひらひらとさ迷ってみたい。それも、田舎道や林の中の道はさみしい。都会のにぎやかな道がいい。さまざまな形のビルがあり、マンションがある。まっすぐな広い道路があり、たえまなく人が交錯し、あわただしく信号が変わり車が疾駆する。いまの季節は、寒そうだったり暑そうだったりしているひとびとの、さまざまな服装がおもしろい。新しい車や古い車の、型やスタイルを目で追いかけるのも楽しい。...

空から春はやってくるか

大気が明るくなったようで、空を見上げることが多くなった。早朝や夕方の雲が、薄こんがりと陽の色に染まっている。小さな灯りのような、蝋梅という花ももう咲いているかもしれない。どこからか、蕾がひらく音が聞こえてくるような気がする。また、そんな季節が近づいている。たぶん空から。アラーキーこと写真家の荒木経惟が、『72歳』という写真集を最近出したらしい。でも中身は、「めくってもめくっても空しか出てこない」と...

ピアニストたち

何もない広い舞台の中央に、黒いスタンウェイのピアノだけがあった。白髪のピアニストは、足を引きずるようにゆっくりと歩いてピアノにたどりついた。右手は動かない。左手だけでバッハのシャコンヌを弾いた。曲の合間に、ピアノのペダルについて話をした。ピアノには3本のペダルがあり、それぞれに役割があるという。よく使われるのは右と左の2本のペダルで、右のペダルは強音、左のペダルは弱音を助けるものらしい。あまり使わ...

夏の生きもの

暑い……なにか書こうとするが、暑い…という言葉しか浮かんでこない。こんなときの思考は、もうその先へは進みそうにない。ぼくの部屋には、涼しいものは扇風機と団扇と水しかない。それと、ぴょんぴょん跳ねる小さな蜘蛛が1匹いる。日中は風がよく通る。天然クーラーがフル稼働してくれる。それでなんとか酷暑も生き延びている。設定温度は風まかせの30度から33度くらい、それ以下に下がることは滅多にない。なので、暑さには...

ごびらっふの日記

今朝の太陽を、日食グラスで覗いてみた。もちろん何の変哲もない、ただのまん丸だった。草野心平の詩心があれば、「雲を染めて。震えるプディン。」などと、すこしは美味しそうにも見えたかもしれない。通りがかりの人が、太陽とぼくの顔を見比べながら首をかしげていた。いつまで日食の夢をみてるんだ、と言いたげだった。そんな夢を見つづけていたからか、この日々は今朝の太陽のように味気なく、真っ白だった。このブログがぼく...