遊泳する言葉

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南の風をおくる

母に会うために大阪を発ったのだったが、4日間の九州滞在の初日の朝、ちょうどフェリーが別府港に着いたその時刻に、母は息を引き取ったのだった。家に着いて、母の顔にかけられた白布をめくると、目をきゅっと閉じて、眩しいと言わんばかりの顔をしていた。眠ったふりをしているみたいで、いまにも目を開けるのではないかと思われた。苦しかったり痛かったりしたであろう生前の表情は、すっかり消えていた。久しぶりにわが家に帰...

明日のこころだ

今頃になって、風邪をひいてしまった。久しぶりの風邪なので、体が風邪に慣れていない。鼻水と咳が止まらない。新聞を読もうとすると涙が止まらない。体のどこから、そんなに水が湧き出てくるのかと不思議なくらいだ。それでも、横になっていると鼻水も咳もおさまる。まるでペットボトルにでもなったみたいだ。いや、すこし違うかな。頭に靄がかかっているので、まともな思考ができていない。楽な方がいいので、一日じゅう横になっ...

父の帽子

父の死後、数年がたっていたと思う。その頃はまだ、玄関の帽子掛けに父の帽子が掛かったままになっていた。何気なくその帽子をとって、被ってみた。小さくて頭が入らなかった。父の頭がこんなに小さかったのかと驚いた。離れて暮らしていた間に、父は老いて小さくなっていたのだろうか。ぼくも背は高い方だが、父はぼくよりも更に1センチ高かった。手も足もぼくよりもひと回り大きくて、がっしりとした体躯をしていた。父の靴とぼ...

活火山

久しぶりに阿蘇にのぼった。帰省するたびに、いつも遠くから噴煙ばかり眺めていた。活動する山がそこにある。そのことが、いつか会いに行かなければならない古い友人が、そこにいるようなのだった。ずっと気がかりだった。初めて登ったのは、小学生のときの遠足だった。すこし怖い山だった。火口近くになると硫黄の匂いが強かった。何人かが倒れた。慣れない登山の疲労で倒れたのだと思っていたが、噴煙に含まれるガスのせいだった...

五月の風は輝いて

土の兜というものを初めてみた。九州の妹の夫は陶芸家だ。陶人はさまざまな器を土でつくる。灼熱の火に焼かれて、土は人がイメージする形になる。大きな一個の器を伏せた形。そこから土の兜はうまれたようだ。まるで太古の土から掘り出された土器のように、土のもつ渋い輝きと、素朴な原始の匂いがただよっている。古色を帯びて、落ちついた荒々しさがある。鉄のような輝きはない。鋭さもない。しかし、土の温もりと鈍重さがある。...

山はみどりに

母に会った。ぼくのことは覚えていた。とくに驚いたふうもなく、自然にぼくの名前が母の口からでてきた。それは、なにげない日常のつづきのようだった。過去のいくどかの再会の時や、いつだったかの母の病室を訪ねた時とおなじだった。安堵した。何をしに来たんかという。会いに来たんだとこたえる。ひさしぶりに会ったということを、母はぼんやり意識しているようなので、大阪から別府まで船に乗って、それから車を運転して来たん...

読み違いする脳

米長邦雄永世棋聖が、将棋のコンピューターソフトと対局して負けたらしい。ソフトの名前は「ボンクラーズ」という。元名人に勝ったのだから、とてもボンクラどころではない。1秒間に1800万手を読むというから、すごい。読みの速さと正確さでは、とても人間の及ぶところではない。終盤の玉詰めの段階では完璧だという。だが、人間だって負けてはいない。駒を組み立てていく序盤や中盤での構想力や、勘や経験が生かせる感覚的な...