遊泳する言葉

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旅立ち

   旅立ちもVサインする弟の   大きなバッグ汚れた靴と大きなバッグと汚れた靴のままで、玄関を出ていった弟。それは、父であったり、息子であったりもしますが…。それが弟のひとり立ちの日、旅立ちの日だったのです。そして、僕自身の、家を出た遠い記憶にも繋がってしまいます。くり返される旅立ちをおもうとき、自然に胸が熱くなります。...

秋くらげ

くらげの詩を書くのは、むつかしいことかもしれません。   「くらげは眺めて居れば居るほど    あはれな いき甲斐のないもののやうな気がした」          室生犀星『秋くらげ』(“愛の詩集”より)                                                     生き甲斐のないものを捕らえようとしても、生き甲斐は感じられないものかもしれません。それでも捉え...

詩の萌芽

タイトルは、『淋しいホームラン』です。   バットに手応えはあった   外野手が川の土手を駆けのぼるのが見えた   ぼくはファーストベースを走り抜ける   四角い空   セカンドベースはいつも   地下鉄の階段を昇ったところにある   セカンドからサードへは   坂道の多い古い街を上ったり下りたりここでいきづまりました。この先を一挙に書き進めたいのですが、なかなか呼吸が整わないのです。詩の領域へ言...

詩の推敲

感動する詩は、言葉が呼吸してますね。独特な呼気と情感のリズムがあって、そのような詩は、詩を書く人と読む人との呼吸がうまく合ったとき、同じひとつの感動を共有できるのでしょうね。だから下手に推敲すると、はじめに掬いだされた言葉と情感のリズムを、壊してしまう怖さがあります。推敲はあくまでも言葉の部分であって、呼気や情感のリズムをいじってはいけないと思う。そこをいじってしまうと、最後には言葉だけが残ってし...

ぶるぶるっ

海は白波が立ち、ときどき波しぶきが堤防を越えてくる。この秋いちばんの寒気と強風にぶるぶるっ。そこそこ小アジも釣れたので、日没とともに竿を仕舞う。まるで避難生活みたいやと言いながら、風除けの車のかげで、カセットコンロでお湯を沸かします。コンロの火は強風に煽られて、四方八方へ逃げまくる。やかんのお湯はなかなか沸点に達しない。とにかく寒いし、体感は酸欠のエベレストか富士山頂上。1時間かかってお湯を沸かし...

ブログに何を書くか

ぼくは文章を書くのは好きですが、不精なところもあります。だから、改まって何かを書こうとするとなかなか書けないのです。特定の人にあててしか、真剣に書けないような気がするのです。不特定の人を意識して書くと、なにか白々しくなってしまう。解ってもらおう、解ってもらおう、とする。だが、いったい何を解ってもらいたいのだ。特定の人に特定のことを伝える。それこそが真実を伝える方法なのではないか。それならもう、メー...

ちいさい秋みつけた

童謡の『ちいさい秋みつけた』は、サトーハチローの詩でしたね。この季節になると口ずさみたくなる歌です。ちいさい秋って、どんな秋なんだろう。詩の中から響いてくる言葉を拾ってみました。   すましたお耳に かすかにしみた (1節目)   うつろな目の色 とかしたミルク (2節目)   ぼやけたとさかに はぜの葉ひとつ(3節目)なんとなく、ちいさい秋がみえてくるようですが、目に見えるのではなく、耳にしみる...

骨の記憶

骨の記憶は複雑ですね。「ホラホラ、これが僕の骨だ」と、中也のように、まっすぐに向き合うのはむつかしい。ぼくの記憶は、海をこえてゆきます。   骨のままで眠りつづける鯨   夢のなかで   夢のそとで   ぼくはさがし続けた   丸い窓には   空と海しかなかったけれど   ときどき鯨の夢をみる   鯨は草原を泳いでいるのかもしれない   緑色のながいながい夢だ   繋ぎとめられた無数の鯨の白い骨の...

神のトリ

日本人がタマゴを食べるようになったのは、明治時代になってからだそうですね。それまで、ニワトリは神のトリとして崇められていたので、肉を食べたり家畜にしたりすることもなかったそうです。古墳から発掘される埴輪で、ニワトリを模ったものは多いそうですが、早朝にコケコッコーと鳴くニワトリは、夜と朝を分ける仕事を受け持っていたそうですね。夜と朝は、死と生をも意味したらしく、ニワトリ埴輪は、現世と来世の境界に置か...

浮遊する

浮遊するというのは、ぼくにとってはとてもよい意味を持っています。ぼくはいま、浮遊できることを切に望んでいるのです。ポエムというものがどこかに存在するとしたら、それは大気のようなもので、日常から浮き上がったところにあるような気がするのです。地べたにあるのは石ころばかりです。地べたを蹴って浮き上がりたい。けれども体が重くて浮き上がれない。そんなもどかしい思いをしながら浮上できる日を待っているのです。だ...

方言について

方言は好きです。方言は血の通った、味と匂いのある言葉です。宮沢賢治の『永訣の朝』という詩の「あめゆじゅとてちてけんじゃ」(あめゆきをとってきてください)の部分を、『スノーホワイト』という詩に引用したことがあります。九州や大阪の方言も、ぼくは詩の中でよく使います。最近は都会の若者コトバにも方言がよく使われるそうですね。電子文字の言葉で交流するメール世代も、単なる伝達ではなく、ハートの通じる言葉を模索...

燃える

秋の血潮がひたひたと押し寄せてきます。花も葉っぱも赤くなるので、なんだか血が騒ぎますね。あなたが発見した彼岸花の「手」と、ぼくが見つけた「手」は、もしかしたら不思議な符合だったかもしれません。それとともに、彼岸花には老いや死のイメージがありますね。花の冷たい熱と獣のあつい熱の、両方に手が伸びてゆく、今はそんな季節かもしれません。そんな曖昧な地点に立って、老いたくない死にたくないと、ひたすら血が燃え...