遊泳する言葉

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ぶらんこ <詩>

風をきって駆け抜けようとするとぼくらはすれちがってばかりだ降りてくる空と遠ざかる空をかわるがわる浮遊するぼくらはいつしか景色のそとへ飛び出してゆくぶらんこ ぶらんくぶらんく ぶらんこよろこびは上昇しかなしみは下降するけれども言葉にするほどの重力がない鳥のようにたしかさを掴めないだからぼくは詩が書けないぶらんこ ぶらんくぶらんく ぶらんこいまはただ揺れているただ揺れていようとおもう耳をうつ風のむこう...

吾輩は猫である

近くの公園には、のら猫が10匹くらいいます。かの漱石の猫でさえ名前がなかったのだから、公園ののらに名前があろうはずはない。と思っていたのですが、なんと、すでに名前はついているようなのです。毎日、のらに餌をやっている年寄りのおばちゃんが名前を付けていたのです。猫のおばちゃんは、ひとの後ろでいきなり、みいちゃんとか、ちいちゃんとか大声を発するのでびっくりすることがあります。おばちゃんには猫しか目に入ら...

飛ぶことや泳ぐことや

鳥になって空を飛んだり、魚になって水中を泳いだりする、そんな夢をみることは誰でも経験することだと思います。奥深いところにある眠りの回路を伝って、かつてアメーバだったころの古い記憶が、原始の海から泳ぎだしてくるのでしょうか。あるいはまた、かつてコウノトリに運ばれた、まだ卵だった頃の感覚が意識の底から夢の中へ蘇ってくるのでしょうか。ぼくたちの夢の中では、鳥や魚たちはしばしば同属に近い存在なのに、現実の...

風邪をみつめる

これは完ぺきな風邪やな。おくすり出しとくさかいに、忘れんともろて帰ってや。ほな、体を暖こうして大事にすんやで。といった調子で、医者は駅前の寂れた商店街の店主よりも愛想がいい。減価償却や保険点数の計算ばかりしていると、医学博士でもそうなってしまうのかもしれない。赤い髭が生えていない医者は信用できないから、ぼくは風邪を引いても医者にはかからないことにしています。けれども、これにはそれなりの覚悟も必要な...

雑煮

朝はすりこぎを持ってすり鉢に向かう。これが正月三が日のぼくの日課です。元日の朝は胡桃(くるみ)、2日は山芋、3日は黒ごまを、ひたすらごりごりとすり潰すのです。胡桃と黒ごまはペースト状になって油が出てくるまですり潰し、山芋はだし汁を加えながら適度な滑らかさになるまですり続ける。ごますりが下手で、商人にもサラリーマンにもなれなかった人間が、なんで正月早々からこんなことをしなければならないのかと、これま...

反骨の神様

新年あけましておめでとうございます。お正月なので神様の話を続けます。大阪平野と奈良盆地を区切るように、南北に山塊が連なっていますが、その中のひとつに葛城山があり、この山の奈良県側の麓に、地元では「いちごんさん」と呼ばれている一言主神社があります。境内には樹齢1200年の大銀杏があり、ぼくの詩『ぼくたちの神様』にも登場してもらいました。    かなりむかし    子どもの頃には神様がたくさんいた  ...