遊泳する言葉

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瞑想する椅子

写真は公園の椅子です。椅子は8個ほどあり、それぞれの座面にわらべ唄がプリントされています。そのひとつに座って、毎朝ぼくは瞑想します。今朝の椅子には、次のような唄があったようです。     おさらじゃないよ    はっぱだよ     はっぱじゃないよ    かえるだよ    かえるじゃないよ    あひるだよ    あひるじゃないよ    かっぱだよ 椅子は一所不動。それ自体が常に瞑想状態にあるといえ...

時空をさまよう

エレベーターに乗って、いっきに大阪の空へ舞い上がる。大阪歴史博物館の10階。眼下に大阪城の全景と広大な難波宮跡。東へ延びる高速道路の先には生駒信貴の連山、二上山から葛城山、金剛山と、大阪をとりかこむ砦の山々がつづく。3月とはいえ寒冷前線が南下、冷たい強風が吹いたおかげで、よく澄みわたった眺望がひらけている。博物館というと、かび臭くて薄暗いイメージですが、この博物館は6年前に建てられた近代的な建物。水...

行分けすれば詩になるか

最近、若い人たちの書いたものを読んでいると、センテンスが短くて改行が多く、さらには、行間の空きなども多くとった文章が目立つような気がします。一見すると詩のような形をしていますが、読んでみると普通の文章なのです。文章の内容を別にして、読みやすい文章であることは確かです。パソコンや携帯などでメールするときの文章の影響でしょうか。話し言葉に近いのです。文学史上でのかつての言文一致の動きに似たものが、いま...

春の音がする <詩>

季節は海のようだと思うことがあります。秋は引き潮のように遠ざかってゆき、春は満ち潮のように近づいてくる。大きな季節の巡りのなかで、遠ざかっていたものが、ふたたび戻ってくる。春はそんな季節でしょうか。遠くから潮騒のような音を引き連れてくる。春は、春の音が聞こえるような気がするのです。お水取りが終わると春が来る――と、近畿では言われます。奈良東大寺二月堂で行われるお水取り(修二会)の行事は、3月1日から...

道後のぶんぶ(湯)

九州の姪が四国に嫁ぐことになり、松山で結婚式があった。ぼくにとっては漱石と子規の松山でもあり、四国行きはこころ浮き立つものがあった。漱石は当時、神経を病んでいた。それを気遣って親友の子規が、松山中学の先生の職を用意して漱石を呼び寄せた。温暖な風土とのんびりした人情の町は、漱石の病いを癒すのには最適な土地だった。快癒する中で、漱石は都会と辺境との文明の落差に戸惑いながらも、そこから『坊っちゃん』とい...