遊泳する言葉

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滝口入道と横笛の恋

祇王寺のすぐそばに、滝口寺はある。寺とはいえ、小倉山の山かげに隠れるような小さな山荘だ。開け放たれた二間つづきの座敷にあるのは、2体の小さな木像だけ。滝口入道こと斉藤時頼と横笛。現世において、ふたりがこのように肩を並べることはなかった。恋するゆえに、時頼は横笛から逃げなければならなかったのだ。斎藤時頼は、平重盛に仕える武士で、清涼殿の滝口(東北の詰所)の警護に当たっていた。「十三の年、本所へ参りた...

諸行無常の響きあり

「入道相国、一天四海を、掌のうちに握り給ひしあひだ、世のそしりをも憚らず、人の嘲りをも省みず、不思議の事をのみし給へり」(『平家物語』巻一)。そのとき天下は平家の時代。権勢の頂上に登りつめた平清盛は、人の嘲りも省みず、どんなことも思うがままだった。そのかげで、悲惨を味わうことになる女たちもいた。『平家物語』には、4人の白拍子が登場する。祇王・祇女の姉妹と仏御前、それに静御前。白拍子とは、鳥羽上皇の...

十五夜の、くまなき月が渡る

阪急嵐山駅で降りて、渡月橋を渡る。この橋を見て、「くまなき月の渡るに似る」と言ったのは、天皇家から最初に禅宗のお坊さんになった亀山上皇(1249~1305)。それによって橋の名も渡月橋と名付けられたという。ひとは夜空の月のように優雅には渡れないが、ときおり橋の上空を群がって舞う白鷺の羽が美しい。一瞬、逆光のなかで真珠色に輝き、花びらを散らすように浮き上がって見えた。あわててカメラを構えたが、再びシャッター...

鳥のかなしみ

毎朝、公園のベンチで瞑想をする。雑念だらけの瞑想だから、ときどき周りの気配が気になって目を開ける。眼前の草むらを、白いものが動きまわっている。ときどき草を水平に切るように、スピード感のある動きをしている。いつも居る2羽のセキレイだ。1羽は顔から腹にかけての白がくっきりしている。もう1羽は体全体が曖昧にぼやけている。雄と雌のつがいだろう。たいがい2羽で居るセキレイは、仲がいい鳥なんだろう。去年は、足...

ガラス玉遊戯

久しぶりに、いよちゃんに会ったら、前歯が1本なくなっていた。笑ったとき、いたずらっぽくみえる。乳歯が抜けかかっていたのを、えいやっと自分で抜いてしまったらしい。それを見て母親はびっくりしたと話していた。その母親は、初めて乳歯が抜けたとき大声で泣いたものだった。親子でもたいそう違うものだ。わが家に来ると、いよちゃんはどこからか、おはじきを取り出してくる。彼女の母親が、子どもの頃に遊んでいたものだ。ぼ...

大和は国のまほろば

広い奈良公園の一角で、ベンチに座ってぼんやりしていると、旅の途上、故郷の大和を偲んでうたったという、倭建命の歌が浮かんでくる。   大和は国のまほろば たたなづく青垣 山隠れる大和し美はし大和盆地を取り囲んでいる、さほど高くもない優しい山々の風景は、まさに青垣だなあと感嘆の声が出そうになる。まほろばの言葉そのままに、素晴らしい場所なんだなあと実感する。時の動きも人の心も、おおどかに包み込まれている...

時空をこえる奈良

今年も正倉院展をみてきた。大勢の人だ。ひとは1200年という時の輝きに惹きつけられるのだろうか。遠くから吹きわたってくる、シルクロードの風に触れたいと思うのだろうか。遠くの光や風を求めて時空を超えるということは、現代の贅沢なロマンにちがいない。たとえば音で超えてみる。笙(しょう)という古代楽器によく似た「う」という楽器があった。「う」は「竹」と「于」を上下に重ねた漢字だが、パソコンにはこの文字がな...

モーヌ。さんの空へ

(11月5日深更に亡くなったWEB詩人・モーヌ。さんへの、これは追悼詩です)*空の上に 空が あるなら そこは きっと あなたの 空でしょうランドサットの 青い圏ぴえろ・ぎゃろっぷ の空きょう 望む 晴れた 空は 青が 深い とかなしい です ひたすらに かなしい です青すぎる 空が かなしい です深すぎる 空が かなしい です空に 詩が 書ける ひと あなたは そんな詩人 でしたあなたの 言葉が あ...

祈りの言葉はどこに

彼のことを、詩友と言っていいかどうかわからない。ネット上のある詩会で、詩の投稿をしあっている仲間と言った方がいいのだろうか。ネット上では、そのような曖昧な関係がたくさんある。が、彼の場合はかなり近い関係といえるかもしれない。少なくとも、ぼくの中では、常に彼は気になる存在だったことは確かだ。そんな彼がいま「神様に呼ばれようとしています」というメールを、ある詩友から突然もらってびっくりした。重篤らしい...