遊泳する言葉

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さくら日記

*3月22日~25日*ある朝、桜の蕾が気になった。急に膨らんでいた。いや、実際には徐々に膨らんでいたのだろう。蕾の存在に気がついたとき、蕾がいかにも蕾らしい膨らみをもっていたのだ。それが3月22日だった。それから4日間、蕾はほとんど変化なかった。開花した桜は、三分咲きとか五分咲きとか表現されるが、蕾の状態はどう表現したらいいのだろうか。微妙な膨らみの違いを言い表わす言葉があるのだろうか。蕾は蕾。それ...

遺す言葉

「残されている日々は、ほんとうに数えるばかりになりました。私はこの事実を受け入れ、それでも可能なかぎり長く書き続けます。私は作家です」(友への手紙から)。小田 実の壮絶な最後の姿をテレビでみた(NHK放送 小田 実『遺す言葉』)。八百屋さんも花屋さんもと呼びかけながら、普通の市民の命と暮らしを守る姿勢を、彼は最後まで失わなかった。「人間みんな、ちょぼちょぼや」は、彼の言葉と行動の原点だった。行動する...

沈丁花は沈んだ

ああ春だなあと、春をつよく感じるのは、懐かしい花の香りに出会ったときかもしれない。歩いていると、風の合間に覚えのある香りが淀んでいる。また沈丁花が咲いたことを知る。いまはしっかりと、その花の名前も覚えてしまった。子どもの頃にも、同じ香りがあった。ぼくはそれが、春先の川から立ちのぼってくる水の匂いだと思っていた。すこし暖かくなって、水辺が恋しくなる頃だった。大きな岩の上に座って釣り糸をたれる。岩から...

水が濡れる

春の水は、濡れているそうだ。水に濡れるということはある。しかし、水が濡れているというのは驚きの感覚だ。新聞に俳句が載っていた。   春の水とは濡れてゐるみづのこと (長谷川 櫂)水の生々しさをとらえている、と俳人の坪内稔典氏が解説していた。「みづ」と仮名書きして水の濡れた存在感を強調した技も見事だ、と。けさ、しみじみと池の水を見た。あいかわらず水鳥が水面をかき回している。池の水がやわらかくなってい...

卒業  <詩>

たしか、小学校最終学年のときの教科書に、『心に太陽を持て』という詩が載っていた。誰の詩だったか、どんな詩だったかは忘れてしまったけれど、それが詩との最初の出会いだったかもしれない。その詩を卒業して、ぼくが自分の詩を書き始めるまでには、詩のことをすっかり忘れるほどの、長い回り道の歳月があった。   * * * * *せんせいが黒板に大きな字で「心に太陽を持て」と書いたぼくはポケットに子すずめを持っていた...

私を忘れないで

毎朝、決まった時刻にラジオのタイマーをセットしてある。明け方のぼんやり薄れかかった夢の中へ、突如、ラジオの声が侵入してくる。いつもこのようにして、すこしずつ新しい朝がはじまる。誰かが放送局に送った「お便り」が、アナウンサーに読み上げられている。…その年は、お雛様が飾れなかったという。とおい終戦の年のことらしい。だいじなお雛様が米に代わってしまったのだ。一粒の米が人の命をつないでいた時代の話だ。日本...