遊泳する言葉

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銀河鉄道

賢治童話のジョバンニ少年は、疲れて草むらで眠り込んでしまい、夢のなかで銀河鉄道の旅をする。不思議な学者や死んだ人たちとの出会い。銀河鉄道は、時空を超えたファンタスティックな汽車の旅だ。その日の午後の授業で、銀河のことについての話を、少年は先生から聞いたばかりだった。「もしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。またこれを...

妄想のゴミ

朝日を浴びながら公園で瞑想をする。ぼくの場合は、迷想あるいは妄想といった方がいいだろう。晴れた日は妄想も明るい。「きょうもお日さんが昇りよったな」と、いきなり声をかけられた。ゴミを拾って歩くおじさんだ。小さな買い物車に箒などの清掃具を積んで、炭バサミでゴミを拾って歩く。「生きとるかぎりは元気でいなあかん」ひとりごとのようでも、ぼくに話しかけてるようでもある、そんな話し方をして笑っていた。おじさんは...

雀の季節

雀は、ごくありふれた小鳥だ。年中どこにでも溢れるほどにいるが、誰もあまり気にとめない。カラスのように被害をこうむることもないから、ふだんは無視できるし無視している。雀はとくにきれいな鳥でもないし、格好が良いというわけでもない。どんなにたくさんいても目立たない。居るのか居ないのかわからない。そういった鳥だ。そんな雀が、わが家のベランダの、植木鉢のかげに巣を作った。せっせと枯れ草を運んでいる。いつも、...

花の海をおよぐ

しづ心なく花の散るらん。きょうは花の海を泳ぐ。海を眺めていると、どんな海も、海は海そのものが詩であるような気がしてくる。   どんな詩人が   自分の書いた海で   泳ぐことができるというのだろう。そういって、詩人・寺山修司は海の詩を書きつづけた。彼はまた、   なみだは   にんげんのつくることのできる   一ばん小さな   海ですという短い詩も書いた。涙の海で、ひとは泳ぐことができるだろうかと...

桜よ、わが真実を感ぜよ

桜がやっと満開になった。室生犀星の『桜と雲雀(ひばり)』という短い詩がある。「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの」という、よく知られた詩篇の入った『抒情小曲集』の中の一篇だ。      雲雀ひねもす   うつらうつらと啼けり   うららかに声は桜にむすびつき   桜すんすん伸びゆけり   桜よ   我がしんじつを感ぜよ   らんまんとそそぐ日光にひろがれ   あたたかく楽しき春...

(続)さくら日記

*3月29日~4月2日*このところ寒い日がつづき、桜の開花もスローダウンしたようにみえる。3月最終日の朝は雨が降っていた。雨の日はウォーキングも休みなのだが、雨に濡れた桜の花はどうなっているか、見ておきたいと思って出かけた。咲きかけの花が濡れてうなだれていた。花にとって、雨は嬉しいものなのかどうか分からないが、見た目には萎れているようにみえた。しょんぼりしている風情にみえた。そんな風に見てしまうのは...