遊泳する言葉

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風のようなもの

風にこだわって書いた風シリーズの詩を、いちおう完結した。これは今年の夏の、郷里で過ごした2週間の滞在記録でもあった。散文ではなく、詩の形でまとめてみたのは、散文にするほどの叙事的な生活の変化があったわけではない、ということかもしれない。いや、変化がなかったといえば嘘になるだろう。都会と田舎という環境の違いはあった。生活のサイクルも違った。けれども、そのようなことは日常の生活でもよくあることだ。郷里...

風の十六羅漢

ひとりひとりの誰かに似ている石の仏たちきのうまで近くにいたでも今日はいないだれも知らない過ぎ去った日の遥けさを石の視界はどこまで届いていくのだろう16人の不動の野手今では凡フライも飛んでこない草を踏んで日没までボールを追った少年たちも帰ってこない日向ぼっこの冬日射病の夏草の汁はあまく葛の根はにがかった虫とおなじ地べたを這いまわっていたひとも季節も風のように散ってしまったのかだれも知らないまだ来ない...

風のおと

風の音がしたふり向くと誰もいない18歳のぼくがこの街をつっと出ていくいつも素通りしていたその古い家からいつか誰かのなつかしい声が聞こえた敷石を踏む下駄の細い水路のせせらぎの風の音階が耳のふちを流れるひっそりと暗い竈のある台所と板の連子窓階段をおりて手水の廊下へとよぎる風とひとの気配ふり向くとあおじろい顔の青年が立っている23年の短い生涯の3年だけこの家に彼はいた彼が聞いた音がある彼が作った音がある...

風のうた

夕方の6時にミュージックサイレンが鳴るさみしく愛らしくいぬのおまわりさん七つの子のからすではなくあかとんぼでもないゆうやけこやけでもなく家路でもなかっただからときどきぼくは迷子になった古い山の道をだれも知らないなまえをきいてもわからない風はただ歌うだけひぐらしの山の上から盆地の家々の屋根をこえて毎日むこうの山を訪ねていくおまわりさんも知らなかった逗子の海を愛した詩人を61歳で念願のヨットを手に入れ...

風の中をあるく

今日もいちにち風の中を歩いてきたひとは揺れている雑草のつくつくぼうしだった音は声となり形は姿となり匂いは香りとなり色は光となるように風景は風光とならなければならないと山頭火は日記に書いた風を追って風の明暗をたどった何を求める風の中ゆく明と暗を光と影を版画家はいちまいの板に探り続ける風の姿がなかなか見えない化けものを観ろ化けものを出せ志功の言葉が化けものだった      *志功=棟方志功さて、どちら...