遊泳する言葉

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関のキリン

「そヾろ神の物につきて心をくるはせ…」わけもなく人の心をそそのかす神がいるという。そんな神にとり憑かれたように、白河の関を越えたいと旅を思い立った俳人芭蕉。年の瀬のいま、ぼくもまた、ひとつ関を越えなければならない気がしている。おまえも越えよという、そヾろ神の声に急かされている。どこやらで旅する人たちがいることを想う。旅のように思わぬところで、自分で書いた古い詩に出会い、言葉の旅を振り返ってしまうこ...

空の詩集

  UFOからまつの暗い林をどこまでも歩いたような気がするきゅうに空が明るくなってその先に白い家があったそれは夏の終わりだったと思う空へ伸ばしたきみの腕がブラウスの袖から露わになっていっしゅん宇宙人の細い腕がみえたきみの空にはしばしばUFOが飛来するというよく見るとそれは赤いナナホシテントウムシだったりオオキンカメムシだったりしたのだがきみは得意になって小さなUFOをつかまえては言葉を交わしていた空に円...

光の中へ

冬の夜は長い。それだけ闇が深いように感じる。ぼくが住んでいるところは住宅地なので、夜はとくに暗くて寂しい。そんな辺境から街に出ていくと、そこはまるで別世界のように光が溢れていて賑わっている。クリスマスを控えてのこの季節は、ひとびとの気持も高揚し、街の装いも特別なのかもしれない。さまざまなイルミネーションの中を歩く。虫でなくても、光のほうへ明るいほうへと、ひとも吸い寄せられていく。心の暗い部分まで明...

冬の木になる

古代のひとたちは、鳥が風を運んでくると考えていたらしい。さらには、神の言葉を運んでくるのも、鳥たちだと信じられていた。空を飛べるというだけで、鳥は神の存在に近いものだったのだろう。いま、季節を運んでくるのも、空を渡ってくる鳥たちかもしれない。近くの池では、日ごとに水鳥の数が増えている。寒々とした水面の風景に、そこだけ冬の賑わいが戻ってきた。去年の鳥が帰ってきたのかどうか分からないが、彼らの記憶の中...