遊泳する言葉

Archive Page

潮の流れ

何日か留守にしていた間の新聞を、1週間後の今頃になって拾い読みしていたら、4月19日は旧暦の3月24日で、壇ノ浦の戦いがあった日だとの記事が目に入った。ちょうど800年後のその日、ぼくは瀬戸内海を航行するフェリーに乗っていたのだった。祇園精舎の鐘の声、平家軍は一ノ谷の合戦に破れ、海を渡った屋島の戦いでも大敗。瀬戸の海を西へ西へと敗走する。そして旧暦3月のこの日、8歳の安徳帝を抱いた清盛の妻二位尼が...

海の道

姪の結婚式があり、九州に帰ってきた。ぼくの九州への道は、瀬戸内海の海で繋がっている。そこにはいつもの慣れた道がある。遥かなとき海で生きた海賊の血が、細々と流れているのかもしれない。海を渡ることによって、体の中の血も動くような気がする。航行は夜なので、点在する島々の小さな明かりしか見えない。闇に浮遊する、あやふやな道しるべに誘導されるのが心地いい。おだやかな潮の流れに浮いて、日常とは違う波動で、夢の...

心は身にも添はずなりにき

桜が満開になった。この豊穣な咲き方はなんだろう。すべての枝の先の先まで花を付けて、空を覆いつくそうとする。その勢いを、黙って見過ごすことができない。生きて呼吸して叫んでいるようだ。その発している言葉を、聞いてやらなければいけないような気持になる。だが、ぼくには花の言葉がわからない。  吉野山こずゑの花を見し日より心は身にもそはずなりにきその花と出会った西行は、心と体とがばらばらになってしまったらし...

咲くら!

温暖な土地なのに、大阪の桜の開花は意外とおそい。まだ半分は蕾のままだ。桜の花が咲くには、休眠打破という気候的な条件も必要らしい。雪にもあわなかった大阪の桜は、まだ十分に目覚めていないのだろう。桜の花を見ていたら、「咲くら」という言葉が頭に浮かんだ。パソコンではないので、変換を間違えたわけではない。叫びのように、蔑称のように、なにげなく浮かんできた。たぶんぼくは、桜の花に嫉妬している。咲き誇っている...