遊泳する言葉

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朝の顔

アサガオの芽が順調に伸びている。とくに面倒をみるわけでもないので、アサガオはアサガオで勝手に生長しているのだろう。それでも一枚ずつ葉っぱを増やして、少しずつしっかりとした形になっていくのを見ていると、小さな幸せを育てているような気分になる。結婚したばかりの、友人の新居に泊まったことがある。ぼくは23歳だった。別府の結核療養所で、1年半の療養生活を終えたばかりだった。ふたたび東京で学生生活を始めるか...

指恋

指恋。最近よく目にする言葉だ。というか、気にいった言葉だ。携帯でメールを交換するうちに生まれる恋、のことらしい。ぼくは携帯を持っていないので、とても残念に思っている。きゅうに携帯が欲しくなった。男は人差し指を伸ばして、「こいつが一番よく君を覚えていたよ」女はさっと首まで赤くなって、「これが覚えていてくれたの?」というのは、川端康成の小説『雪国』の男と女の再会のシーン。指恋という新語を初めて目にした...

いのちの糸

手の甲がかゆいので見たら、小さな虫が頭を持ち上げてもがいていた。2センチほどの毛虫だ。先日、わが家のベランダで巣立った虫たちのことを思い出した。よく成長したものだ。とっさに、そう信じ込んでしまった。貧弱な体つき、愚鈍な動き、どうみても見ばえのしない虫だ。それなのに懐かしいのは、この春、おまえらの出生に立ち会ったからか。ふっと吹いたら、毛虫は浮きあがるように宙に浮いた。頭上の桜の枝葉から、見えない糸...

白い道

先日、白い花のことを書いた。詩にもなりきらない、文章にもなりきらない。ただ書いたというだけのもので、書き足りなくて、かえって気持は落ち込んでしまった。いまの季節、白い花が多いのは確かだ。地上では卯の花やこでまり、頭上ではニセアカシアが空を覆っている。そのほか名前の知らない花、花、花。もちろん、赤や紫、黄色の花も咲いている。それなのに白い花ばかりが目について、そのことにまた、拘る気持が強くなっていた...

どんな事にも時がある

どんな事にも時があるらしい。「天の下の出来事にはすべて定められた時がある。 生まれる時、死ぬ時、 植える時、植えたものを抜く時」。旧約聖書に書かれてある言葉らしい。定められた時がわからないから、ぼくはおろおろする。せめて、植える時くらいは、定められた時を守ってみようと思う。それも、しっかりと定かではないが。机の上を片付けていたらアサガオと風船カズラの種が出てきた。水に漬けておいたら、アサガオだけ芽...

白い白い花が咲いたよ

なまえは知らないつぎつぎと白い花が咲いては散る季節 白い白い花が咲いたよ誰にともなく口ずさんでみるただそれだけの五月やさしいひとよとげは痛いか風も白くなったよ   (写真は、大阪歴史博物館から難波宮跡と市街地を望む)...