遊泳する言葉

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白い伝説

一羽のワタリガラスになって、広いアラスカの空を飛ぶ。氷河が幾本も海に流れ込んでいる。氷河期の地球、太古の風景がそのまま残されているような、まっ白な世界がどこまでも続いている。やがてワタリガラスは、海岸線のひとつの切れ目を見つけ、湾の奥へと入っていく。湾の名前は、リツヤベイ。ベイ(bay)は英語で湾のことだから、リツヤの湾といったところだろうか。地球上のほとんどの陸地がつながっていた頃、アジアからアラ...

麦のストロー

風になって笛の音階をたどるわた雲を飛ばしたりしゃぼん玉を吹いたりストローは麦わら吸いこめば体の芯が暖色に染まる祖母のジュース渋柿も老いた手の魔術によってとろとろに熟成され甘い管をとおる小さく丸くなって背中ばかりが寒くてなかなか笛になれない手のひらは焚火のにおい父は日向(ひなた)のにおい母は果実のにおいみんなとろとろになって秋は小さな家族ぼくは麦のストローでひそかに金魚とキスをする...

雲は越境する

駅前の古書店で、古い本を3冊買った。犬養 孝の『万葉十二ヶ月』と那珂太郎の『萩原朔太郎詩私解』、嶋岡 晨の『詩とは何か』。1冊150円也。この店では、古本はいつも店頭に山積みされている。本の価格はその日によって変わる。150円というのは一番安い日だから、つい手に取ってしまう。古本だから、誰かが手放したか売れ残ったかした古い本ばかりだ。賞味期限は過ぎているかもしれない。食あたりはしないが、読んでみて...

雪は白いか

    スノーホワイト  あまりにもどこも真っ白な  いちめんの雪  道のない道をあなたとふたりで歩いた  あめゆじゅとてちてけんじゃ…  あなたは呪文のようにつぶやきながら  私がすくった雪のかたまりを口に入れた  もしもミクロの目をもつ星人だったら  ここはお花畑か天空だろうねと  あなたは言った  うしろを歩いていく私は  ミクロの宇宙には入っていけなかったが  あなたの大きな靴あとに私の靴...

詩が生まれるとき

詩人の新川和江の『詩が生まれるとき』(みすず書房)を読んだ。「詩はひかりのように、ひびきのように一瞬のうちに感受するものである」という詩人が、その一瞬の背景にあったものを回想し、「それぞれの詩が生まれた日の空模様や、芽を出した土のぬくもり、吹いていた風のこと、流れていた水のことなど」を書きとめたものが本書だと述べている。ひびきを感受して書かれた詩と、そのときの土のぬくもりには切り離せない繋がりがあ...

しずく

ぼく生まれたいぼくの中からぼく生まれたいぼくの中のぼくまだ名づけられてないたずねてもだれもいないなにも知らない風のような風と水のような水まだ名づけられてないきのうぼくはぼくでなかったきょうぼくはぼくでないあしたぼく生まれたい風のように水のようにいっぱい生まれたいそしてぼくの中のぼくのしずくになる * * *写真は、正倉院宝物より平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう)。花びらや葉の模様の部分は、夜...

まほろばの音楽が聞える

奈良東大寺の大仏開眼供養が行われたのは、千年以上も昔のことだ。耳を澄ましても遥かすぎて、イメージの海を遠く渡っていかなければならない。それは、華やかで賑やかで厳かでエキゾチックで、たぶん時代の大いなる驚きだったにちがいない。とてつもなく大きなものが造られて、とてつもなく異形のものたちが舞いおどり荘厳する。華麗なるパレードと楽曲で彩られた、ある時代のある時の、まほろばの煌きを想う。奈良国立博物館の正...