遊泳する言葉

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木の時間

暖かくて、春のような一日がある。遠くの風景が、薄いベールに包まれてやわらかい。だが、公園の木はまだ裸のままで、自らおとした影の、地上の迷路をさまよっている。幾日かの冬の日をやりすごして、幾日かの春の日を迎える。そんな戸惑うような季節の変わりめで、こころもとない夢のつぼみを、木はしずかに育てているのだろうか。ひとも風も光も、いまはまだ木の声が聞こえない。    少年が 駆けぬけてゆく 木の時間...

雪の記憶

久しぶりに雪が降り、久しぶりに雪が積もった。雪は、日常の風景をすこしだけ塗りかえてくれる。見なれない形の景色の中で、失われた道をさがしながら、道ではない道を歩いたが、足跡だけはしっかり残った。雪はとても白いものだった。雪はとても冷たいものだった。雪はやがて消えてしまうものだった。それは一日だけ天からもたらされた、大きくて破れやすい幻のシーツのようだった。ずっと忘れていた風景が、ぽつりぽつりと白い夢...

恋する日本語

日本語は、恋をすることでみがかれた、恋をするために生まれた言葉、らしい。恋をする熱い想いは、吐息のような言葉を生み出すのだろうか。     たまゆらに 昨日の夕 見しものを       今日の朝に 恋ふべきものか              (作者不詳『万葉集』より)『恋する日本語』というNHKのテレビ番組をみた。たまゆらとは、漢字で玉響と書く。珠と珠が触れ合って、一瞬かすかな音をたてるような、そん...

福はうち、鬼もうち

きょうは節分だった。タイミングよく、友人から鬼の絵手紙が届く。眺めているうちに、鬼に親近感が湧いてきたので、ことしの豆撒きはやめにして、炒った大豆をぼりぼり食べた。素朴な味がおいしい。懐かしい味だ。食べかけたらやめられない。たぶん後で腹が痛くなるだろう。国産大豆と表記されているが、偽りでないことを願いたい。アメリカ産や中国産でないことを願いたい。腹が痛くなるくらいは我慢する。子供の頃はこれがおやつ...