遊泳する言葉

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道の声

お寺の脇の細い抜けみち久しぶりに歩いたいまも苔の匂いがする風が吹きぬける時が駆けぬける小学生たちテッちゃんの声だミッちゃんの声だそしてあれは誰だろう声だけがそこにあるその古い道を通りぬけるともう誰もいない...

ともしび

水辺では朝の光が戯れていますはるかな昔も水が砕けて光となり光が砕けて水となって小さな命は生まれたのでしょういま新しい朝にやっと光る水となったその一滴をすくいとり北の杜氏は命名します海を照らす船尾灯(ともしび)になれと*(「船尾灯(ともしび)」は気仙沼の老舗酒蔵で、震災に耐えて醸成された新酒の銘柄)...

メダカの海

メダカが泳いでるの見えますか。きょうは一日メダカの学校で遊びます(*^^*)ス~イ スイ♪*四国霊場の、どこかのお寺の境内で、古い陶器の大鉢で飼われていたメダカ。経本を繰る大きな手が、小さな命を育てている。たっぷりと溜められた、春の水。メダカは鉢の外を知らないけれど、おそらく水面には無限の空が写っている。水の中も水の外も、空へと広がるそのすべてが、メダカにとっての海なのだろう。波立つこともない静かな海だ...

桜の花の下で

昨年のちょうど今頃、桜が満開の頃に書いたブログの記事を読み返してみた。坂口安吾の短編小説『桜の森の満開の下』のことが書いてある。大昔は、桜の花の下は怖しいとは思っても、絶景だなどとは誰も思わなかったという。満開の桜の花の下を通り抜けようとすると、気が変になってしまうというのだ。そんな恐ろしい桜の木の下に、ひとりの山賊が住みつくことになる。彼は8人の妻をもっていた。みんな略奪してきた女ばかりだ。その...

四国の春

四国の春は、のどかな遍路道から始まる。八十八か所霊場の一番札所、徳島の霊山寺に立ち寄った。かつて空海(弘法大師)が、21日間の修行をしたと伝えられる寺だ。本堂の薄暗い柱に、空海の言葉が貼られている。   佛法遥かに非ず 心中にして即ち近し   真如外に非ず 身を捨てて何処か求めん仏や神というものは遠くに求めなくても、それぞれの心の中に在るものだという。静かに胸に手をあててみる。ぼくはお遍路ではない...