遊泳する言葉

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砂の時間

砂が落ちるのをじっと見つめている3分 そしてまた 3分わたしの水はようやく沸騰する風景の窓に砂がふっているかつてそこには駅があったはずだが春は鉄の匂いがするいまは花ニラが咲いている出発のときを待っているその測れない道のりを3分 そしてまた 3分砂の秒針を凝視する光の中でつぼみが膨らんでいくおぼろげな輪郭をその沈黙と予感のことばを砂はくずれながら告げようとしている...

もう戻ってはこない

その人の視線は、全方位に向けられていた。足はいつも、「今」という現実の地べたを踏んばっていた。市井の人々や若者たちの側にいて、実体験や実生活の中から独自の思考を生み出していった。考える人として、詩人としての直感から、その言葉や思想はしばしば飛躍して、ときに難解でもあった。いくども、彼の本を開いては閉じた。ぼくの挫折は数えきれない。『共同幻想論』も『心的現象論序説』も、ぼくのバイブルにすることはでき...

舟のいのち

波間に小舟が揺れているのが見える。その揺れ方が心地いい。ああ、春の風景だなあと思っている。いつのまにか、舟の輪郭がぼやけている。たぶん陽が射しているのだろう。春の光は物の形を曖昧にするものだ。そうして舟は、すこしずつ水面に溶けていくようだった。すこし寒い。ぼくは舟の絵を描いている。それも水の上に描いている。描いても描いても、舟は滲んで消えてしまう。なんで、こんなことをしているのだろうと思いながら、...

たまには時を動かしてみる

時が静かに過ぎていく。時間に追われていた頃もあった。時間を追いかけた頃もあった。いまは、つれなく時間に追い越されている。時の足音すら聞こえないことも多い。締切がなくても、約束がなくても、それでも時は動いている。いたるところに時を表示する時計はあり、時の針(現代では数字かな)も動いている。けれども、ときには時をじっと待ち、じっと見つめてみたくなったりする。古い腕時計を持っている。ぼくは旅行をする時ぐ...

ほらじっと聞いてみ聞いてみるんやほらな聞こえるやろ聞こえるはずやでうんうん父はひとりで頷いていたぼくにはなにも聞こえなかったいまでもときどきなにかを聞こうとしてしまう聞こえてくるのはあのときの父の声ばかりだけど*けさ、ウグイスの声を聞いた。まだたどたどしくて、はっきりとは聞きとれない。自信なげに春を告げているようだった。写真は、大阪の住吉神社の裸雛(はだかびな)。大阪の伝統的な郷土玩具のひとつとし...