遊泳する言葉

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山はみどりに

母に会った。ぼくのことは覚えていた。とくに驚いたふうもなく、自然にぼくの名前が母の口からでてきた。それは、なにげない日常のつづきのようだった。過去のいくどかの再会の時や、いつだったかの母の病室を訪ねた時とおなじだった。安堵した。何をしに来たんかという。会いに来たんだとこたえる。ひさしぶりに会ったということを、母はぼんやり意識しているようなので、大阪から別府まで船に乗って、それから車を運転して来たん...

道の記憶

あした、母に会うために九州へ帰る。長い間に、遠い距離ができてしまった。いきなりは近づけない距離だ。離れていた距離と近づいていく距離が、なかなか整合しない。いつも、ためらいながら距離を縮めていく。新幹線は速すぎる。そのスピードとスマートさは、かつてもたつきながら行き来した距離感覚とずれている。飛行機はさらに速すぎる。ためらいの気持ちを、そのままいっきに運ばれてしまう。だからいつも、あえて船路を選ぶこ...

琵琶湖周航の桜

桜を見るために、バスで琵琶湖を一周した。だが湖には、まだ春は来ていなかった。大阪では満開なのに、琵琶湖の桜は蕾のままだった。やがて湖岸を花で染めるだろう俊足の南風でも、この大きなうみを駆けめぐるのは容易ではないらしい。奥琵琶湖の山々はいまもまだらに白く、道路脇にはところどころ雪の塊が残っていた。長かったこの冬の冷たい雪解け水で、琵琶湖はまだ冷えきったままなのかもしれない。咲いているのは、山あいの白...

放浪する石

毎朝、近くの自然公園をウォーキングする。桜並木の通学路で小学生たちとすれ違い、古い池に沿った遊歩道の途中から百段ほどの石段をのぼる。上りきったところで、荒くなった息を整えるため休憩する。いまは、椿の花が落花して地面を華やかにしている。桜の花もまばらにほころび始めている。地上も空間も、風も空も花の色に染まろうとしている。その場所は石庭のようになっていて、手頃な腰掛け石がある。かなり以前から、その石に...