遊泳する言葉

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ポストマン

そのポストマンにぼくが初めて会ったとき彼はひたすらラブレターを書きつづけていたその時はすでにポストマンではなかったけれどいちにちに白い氷の丘をみっつ越えるんだと彼は言った手紙の宛先はひとつおれの行き先もひとつミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地ミス・イリナ・トゥントゥニン世界一美しい彼女世界中からラブレターが集まるおれの配達かばんはいつも重かったそれは言葉の愛だからたくさんの体ごとの重みだか...

紙の家

初潮ということばが海のことばみたいなのはなぜかしらなどと考えていた頃におまえの家は紙の家だとからかわれわたしは学校へ行けなくなったわたしは紙のにおいが好きだったノートのにおいとか鼻をかむ時のティッシュのにおい障子や襖のにおい紙でできた家があったらすてきそんなことを文集に書いたことがあるけれども紙の家は雨にも風にもよわい家でしたとても壊れやすい家でした紙の家の壁に穴をあけて弟もとうとう家出したあんな...

父の帽子

父の死後、数年がたっていたと思う。その頃はまだ、玄関の帽子掛けに父の帽子が掛かったままになっていた。何気なくその帽子をとって、被ってみた。小さくて頭が入らなかった。父の頭がこんなに小さかったのかと驚いた。離れて暮らしていた間に、父は老いて小さくなっていたのだろうか。ぼくも背は高い方だが、父はぼくよりも更に1センチ高かった。手も足もぼくよりもひと回り大きくて、がっしりとした体躯をしていた。父の靴とぼ...

6月の風

いまは6月の風が吹いている。空には太陽があった。雲があった。そして月があり、星があった。ときには羽をもった鳥や昆虫たちが、空の近くを浮遊していた。ぼくは中学生だった。あるとき、雲の存在が急に近くなった。毎日きまった時間に空を見上げ、雲の様子をじっと見つめた。雲の形と色を、灰色のクレパスでノートに写した。写してみると、それは雲ではなかった。雲は手に取ることも確かめることもできない。正確に写しとったつ...

ごびらっふの日記

今朝の太陽を、日食グラスで覗いてみた。もちろん何の変哲もない、ただのまん丸だった。草野心平の詩心があれば、「雲を染めて。震えるプディン。」などと、すこしは美味しそうにも見えたかもしれない。通りがかりの人が、太陽とぼくの顔を見比べながら首をかしげていた。いつまで日食の夢をみてるんだ、と言いたげだった。そんな夢を見つづけていたからか、この日々は今朝の太陽のように味気なく、真っ白だった。このブログがぼく...