遊泳する言葉

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弔辞

父が商人になったきっかけは一本のから芋の蔓だったのです長男だった私はそんなことを弔辞で述べたそばで母や妹たちのすすり泣きが聞こえたその前夜父はきれいに髭を剃ってねたどこかへ出かける予定があったのだろうだがそれきり目覚めることはなかった春浅い夜ふけ寝たままの父を家族がとり囲んだ寒いので父の布団に手足をそっと入れる体に触れると凍った人の冷たさがあったから芋の蔓が大事な食料だった時代大事な金銭のやりとり...

水が生まれて光となるとき

羽ばたくと脇腹をかすめる痛みさざ波だつ水と水小さな気泡をつないで水際から水際へたどり着くきのうの魚が夢の中で呼吸している夢は現(うつつ)をなぞり現(うつつ)は夢を追いかけるきみにさしのべる手が夜の向こうにある水から生まれた水はこごえた指からこぼれるとき風の中で光となるだろうそうして朝はようやく明るく満ちてくるだろう*精一杯やった一日の終わり、疲れきって泣きたくなったら泣けばいい。百歳まで生きた詩人...

揺れる

めずらしく5時前に目が覚めた。起きるには早すぎるし、もういちど眠るには遅いような気がする。ぐずぐずと寝ぼけた思考を巡らせているうちに外は明るくなってしまい、すこし早いけど仕方なく起きることにする。寒いので洋服に着がえて、いつもの習慣でパソコンの前にすわった。そこに、いきなり大きな揺れが来た。ガラス戸やまわりのものががたがた音をたて、体が突き上げられるみたいで、思わず椅子から立ち上がってしまった。何...

桜花幻想

桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!梶井基次郎の短編『桜の樹の下には』の書き出しの文章だ。「桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられない」と「俺」は言う。その美しさが不安で仕方ない。彼は軽い神経症にかかっている。桜の花の生気に満ちた美しさに圧倒されて、不安になり、憂欝になり、空虚な気持になつている。そこで彼は、桜の樹の下には屍体が埋まつているにちがいないと想像する。花の美しさと対極のものを思い浮か...