遊泳する言葉

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光は天空にも地上にもみちて

川の流れも、街の流れも、山から海に向かって緩やかに流れ下っている。この街には、流川通りという街の名前もある。川の流れと街の流れが一体となっているのだ。そんな街の風景を一望できる、街のはずれの山際にホテルはあった。部屋の窓から見上げる、その先に盛り上がったような山がある。鶴見岳である。古代からしばしば噴火を繰り返してきたという活火山である。ふところ深くにマグマの熱を蓄えつづけている。その熱気が、温泉...

どこから来てどこへ帰るのか

花公園の翌日は、湯布院へ行く。ワインディング道路の山道を超え、まっすぐな高原の道路を車を走らせるのは爽快だ。ケンタくんも車の運転は好きだというので、途中でドライバーを交替して、ぼくは助手席に座る。移り変わる風景をやりすごしていると、すばやく時が過ぎていくように錯覚する。そんな時の逃げ足に逆らうように、遠い記憶が駆け足で戻ってくる。ケンタくんをベビーカーに乗せて押していたのが、つい昨日のことのようで...

花野の夢は花野へかえす

母の一周忌の法要をする。ネットで手配した白ユリの花が、すでに霊前に供えられていた。ユリの香りが懐かしい。父が行商をしていたころ、どこからか白いユリを持ち帰ってくることがあった。花を飾ることなど滅多にないわが家であったので、白いユリの大きな花は、不自然に豪華であった。特有の強い香りが家じゅうに充満し、よその家になったみたいで落ち着かなかったものだ。そのユリの名前は、土地では箱根ユリと呼ばれているもの...

この船はどこへ行くのか

お化けをいっぱい乗せて、この船はどこへ行くのか。遠い国の祭りへと、浮き立つ気分が誘われる。いま10月の海を航行している。ケルト人の1年の終りは10月31日だったという。その日、死者たちの霊が訪ねてくるといわれた。なかには悪さをする精霊や魔女たちも紛れ込んでいる。魔女やお化けから身を守るために、人々は魔女やお化けに仮装するのだった。子どもたちにとっては、楽しい祝祭の日だったかもしれない。魔女やお化け...

その風の味は知っている

風を食べてみる。ひんやりとして、甘くておいしい。風が風として満ち満ちている。どこかで金木犀が咲いているのだろう。いつかのどこかの、記憶の風を運んでくる。その家はもうないけれど、その庭ももうないけれど、そして、その木ももうないけれど、いつかのある時、その木の下でぼくは育った。大きな金木犀の木だった。雨のように降り注いでくる秋の香りに、あるときは漠然とした喜びが、あるときは解けない不安に襲われたりした...