遊泳する言葉

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秋は酸っぱい香りがする

九州の妹から、カボスが送られてきた。今年は豊作だったとかで、あおくて懐かしい形をした柑橘が、大きな段ボール箱にいっぱい入っていた。カボスといえば大分が産地だが、なかでも臼杵と竹田で多く栽培されているようだ。臼杵には樹齢200年ともいわれるカボスの古木もあるが、臼杵は海に面した土地なのでミカンのほうが多く、カボスもミカンに近くて酸味が少ないような気がする。潮風のせいもあるかもしれない。それに比べて山...

コスモスの風が吹いている

林を抜けると、とつぜん新しい世界が眩いばかりに出現した。そこは、コスモスの花ざかりだった。かつて出会ったものやいま目の前にあるもの、さまざまな季節の記憶がゆるやかに揺らいでいる。どこから来てどこへ行くのか、賑わいと静けさの風が通りすぎていく田舎の、無人駅のような花の駅である。風が吹くと花の旅立ちがはじまる。どこかにもっと、すてきな世界があるのだろうか。夢想しながら、コスモスの風に運ばれていく。* ...

そこには鳥の世界もある

天王寺のお寺で、母の三回忌の法要をした。3人の僧侶が読経する前で、焼香をして手を合わせただけの、きわめて簡略な儀式だった。お寺という場がひとつの結界だとしても、死者と生者が触れ合う一瞬の時間もなかったかもしれない。死者と生者が出会うそこでは、刻々と時を捨てて死者は死につづけ、生者は生きつづけるしかないのだろう。けれども日常生活においては、母はぼくの記憶の中で生きつづけている。死者も生者もこの世の結...

眠りと覚醒のはざまで

夜中に目が覚めた。みていた夢の続きでもないのに、手のひらに柔らかい感触が残っている。その感触に懐かしさがある。記憶の底深くに沈んでいたものが、突然なんの脈絡もなく、眠りの切れ目に浮かび上がってきたみたいだった。ぼんやりと、記憶のさきに知らない人が現れた。大きな布袋をぶら下げていた。その袋のふくらみをそっと撫でた。なま暖かいものが動いたが、声もかけられなかった。それが子犬との別れだった。子犬は6匹生...