遊泳する言葉

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吾輩も猫である

いつものように、公園のベンチで朝の瞑想をしていたら、目の前を異様なものが移動していく。そんなものが目に入るということは、いかに瞑想がいいかげんであるかということだが、その瞑想の原っぱを横切ったものは、公園を棲みかにしている野良猫だった。異様にみえたのは、そいつが鳩をくわえていたからだ。鳩の羽がやつの口元からひろがっていて、まるでライオンのたてがみのように堂々としてみえた。大きな獲物をくわえているせ...

風邪とたたかう

髭が赤くない医者は信用できないから、ぼくは風邪を引いても医者にはかからないことにしている。けれども、そうするには、それなりの覚悟と体力、忍耐力なども必要になってくる。容赦なく攻めてくる敵に対して、孤軍奮闘するようなものだから、勝つためには、まずは敵を知らなければならない。昼間は咳や鼻みずの責苦があることはもちろんだが、ぼくの場合は夜戦の方が問題となる。敵はぼくが眠った隙をついて襲ってくる。無防備な...

かすかに見えるものの中に

いま私は3畳の狭い部屋に閉じこもって日々を送っている。かといって、世間の壁と折り合えずに閉じこもっているわけではない。どちらかと言えば、世間に見放されて閉じこもっている、あるいは自分勝手に閉じこもっている、と言った方がいいかもしれない。そんな人間だから、いつのまにか、うちのカミさんとの間にも間仕切りのようなものが出来てしまっている。小さな家の中で無益な諍いを避けるため、お互いに傷つけあわなくてもす...

反骨の神さまがいた

正月は、ふだんは疎遠な神さまが身近かに感じられたりする。お神酒やお鏡や初詣などと、神事にかかわることが多いせいだろう。最近では、初詣も近くの神社で済ませてしまうが、かつては山越えをして奈良まで遠出したものだった。大阪平野と奈良盆地を分けるように、南北に山塊が連なっているが、その中のひとつに葛城山という山があり、この山の奈良県側の麓に、地元では「いちごんさん」と呼ばれている神社がある。かつてよく通っ...

雑煮で始まる争いもある

朝はすりこぎを持ってすり鉢に向かう。これが正月三が日のぼくの日課だ。元日の朝は胡桃(くるみ)、2日は山芋、3日は黒ごまを、ひたすらごりごりとすり潰す。胡桃と黒ごまはペースト状になって油が出てくるまですり潰し、山芋はだし汁を加えながら適度な滑らかさになるまですり続ける。ごますりが下手で、商人にもサラリーマンにもなれなかった人間が、なんで正月早々からこんなことをしなければならないのかと、これまでのぱっ...

新しい朝がはじまります

あけましておめでとうございます。またまた新しい1ページを、新しい気持ちで始めたいと思っております。古代において鶏は、神の鳥と呼ばれて崇められていたそうですね。ときにはコケコッコーと大声で叫んでみたいです。ときには羽をいっぱいに広げて空を飛んでみたいです。こんな自己満足なブログですが、ときには覗いて励ましていただけると嬉しいです。どうぞ本年もよろしくお願いいたします。...