遊泳する言葉

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線路はつづくよ

その数日間、ぼくは毎日あてもなく近くの山を歩き回っていた。風景は春がすみに覆われて、焦点の合わない夢のようにぼんやりとしていた。遠近感が曖昧になった視界の果てに立ちのぼる、阿蘇の噴煙も雲と見分けがつかなかった。外輪山から幾重にも、山々が層をなしてなだらかに下りてくる。その中を、とぎれとぎれに白い煙が縫っているのがみえた。汽車が吐きだす蒸気だった。汽車はいくつもトンネルを抜け、古代の大火山が噴き上げ...

北の国の神たち

その言葉を耳から聞いたら、どんな風に聞こえるだろうか。もしかしたらそれは、神の声に聞こえるかもしれない。    シロカニ ペ ランラン ピシカン    コンカニ ペ ランラン ピシカンこの美しい響きのある言葉は、アイヌ語とされる。もちろん、もとの言葉は口伝えによるもので、これは『アイヌ神謡集』に収められた13編の神謡(カムイユカラまたはオイナ)の冒頭の部分である。口承によるものを、ローマ字で表記し初...

水が濡れる

春の水は、濡れているそうだ。水に濡れる、ということはある。しかし、水が濡れているというのは、驚きの感覚だった。次のような俳句を、目にしたときのことだった。   春の水とは濡れてゐるみづのことこれでも俳句なのかと驚いたので、つよく記憶に残っている。たしか作者は、俳人の長谷川 櫂だったとおもう。水の生々しさをとらえている、と俳人の坪内稔典氏が解説していた。「みづ」と仮名書きして、水の濡れた存在感を強調...

春の匂い

ああ春だなあと、春をつよく感じるのは、懐かしい花の香りに出会ったときかもしれない。歩いていると風の淀みに、覚えのある香りが漂っている。どこかで沈丁花の花が咲いているようだ。いまはしっかりと、その花の名前も知っている。子どもの頃の記憶にも、同じ香りがあったことを覚えている。ぼくはそれが、春先の川から立ちのぼってくる、水の匂いだと思っていた。すこし暖かくなって、水辺が恋しくなる頃だった。大きな岩の上か...

だったん(春の足音がする)

ちょうど阪神大震災があった年だった。東大寺二月堂の舞台から、暮れてゆく奈良盆地の夕景を眺めているうちに、そのままその場所にとり残されてしまった。いつのまにか大松明の炎の行が始まったのだ。舞台上でまじかに、この激しく荘厳な儀式を体感することになったのだった。はるか大仏開眼の時から、一度も欠かさずに行われてきたという、冬から春へと季節がうごく3月始めの、14日間おこなわれる修二会(お水取り)の行である...

おどま かんじん

浮浪者のことを、九州では「かんじん」と言った。今ではもう聞かれないかもしれないが、ぼくが子どもの頃には、その言葉はまだ生きていた。そして今も記憶に残る、ふたりのかんじんがいた。ひとりは女のかんじんで、おタマちゃんと呼ばれていた。おタマちゃんは、汚れてボロボロの着物を重ね着していた。当時は子どもたちも貧しく汚い服装だったから、おタマちゃんが特別だったわけではない。ただいつも大きな風呂敷包みをぶらさげ...