遊泳する言葉

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美しい言葉

『わたしが一番きれいだったとき』という、茨木のり子の詩を読んだことがあるひとは多いと思う。実際もきれいなひとだったらしくて、『櫂』という詩誌の同人だった川崎洋が、初対面のときの印象をきれいなひとだったと、どこかで書いていた。彼女の『二人の左官屋』という詩の中に、「奥さんの詩は俺にもわかるよ」という詩行がある。たしかに彼女の詩はやさしく読める詩が多いので、幅広い年齢層に親しまれているようだ。彼女の詩...

飛鳥の風になって

近鉄飛鳥の駅前で、レンタサイクルを借り、中学生の健太くんとふたり、飛鳥の風になって野を駆けた。風が気持ちええなあ、と健太くん。うん、飛鳥は千年の風が吹いてるよってな、特別なんや。古代の不思議な石像なんかに出会いながらの、気ままなサイクリングになりそう。猿石からスタートして、鬼の俎板と雪隠へ。石棺も主が居なくなると、鬼の棲みかになってしまうんやな。iPodをポケットに入れた健太くんが低い声で歌っている。...

涙は小さな海だろうか

娘の家族が、潮干狩りで収獲したアサリをくれた。さっそく妻が砂ぬきをするのだといって、アサリを塩水に浸ける。海水と同じ濃度の塩加減でないと、うまく砂を吐き出さないのだと言う。いつのまにどうやって、妻は海水の濃度など覚えたのだろうか。女だからわかるのか、それとも、年を食っているからわかるのか。女はやはり、海の生き物に近いのかもしれない。塩加減がよかったのか、アサリは活発に潮を吹いたので、すぐさま台所か...

西行の桜

ことしも、吉野の桜を見てきた。こよなく桜を愛した西行も、いつかこのような吉野の花を見たのだろうか。1985年4月に桜の吉野山で、作家の中上健次と俳人の角川春樹が対談している。「やっぱりいちばん華やかで、いちばん怖くて気持ち悪いなあ、という感じの時が、この花の時ですね。いちばん妖しい感じですね」と中上がしゃべっている。そんな桜が満開の、吉野である。路地の作家と呼ばれた中上健次は、1992年に46歳の...

花の下にて春死なん

また桜の季節がきた。父は桜が咲く前に死んだ。父の妹である伯母は、桜が満開のときに死んだ。伯母は90歳だった。老人施設で、明日は花見に行くという前夜、夕食(といっても、流動食ばかりだったそうだが)を気管に入れてしまった。まさに桜は満開、花の下にて逝ったのだった。伯母の娘が嫁いだ寺で、親戚だけが集まって静かな葬儀が行われた。葬式にしか集まらない親戚だ。これも仏縁と言うそうだが、いつのまにか親の世代はい...

蕪村の春

春、大阪の川べりでは、堤や河川敷などが野生の菜の花で黄色く染まる。日に日に高くなってゆく太陽の光を照り返して、風景がきゅうに輝きはじめる。   なの花や 月は東に 日は西によく知られた与謝蕪村の句。見はるかす広大な菜の花の原が眼前に浮かんでくるようだ。蕪村は1716年に摂津国(いまの大阪府北西部と兵庫県南東部あたり)の毛馬村というところで生まれた。「さみだれや大河を前に家二軒」の淀川のそばである。...